大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

富山地方裁判所高岡支部 平成9年(ワ)144号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

金川治人

山本一三

被告

高岡市

右代表者市長

佐藤孝志

右訴訟代理人弁護士

高芝利仁

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二八〇七万七九七四円及びこれに対する平成七年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告の開設する病院の医師らが、亡甲野花子(以下「亡花子」という。)に実施した心臓カテーテル検査について、適応がないのに実施し、あるいはそのカテーテルの選択や操作を誤ったこと、また、富山赤十字病院に転送するに際し、必要な注意義務を怠ったことにより死亡するに至ったとして、亡花子の相続人である原告が、被告に対し、債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、亡花子(大正七年一一月二二日生)の長男である。被告は、市立高岡市民病院(以下「被告病院」という。)という名称で、高岡市宝町〈番地略〉で病院を開設している。

2  亡花子は、平成七年一〇月二八日、心室性頻拍症、洞性不整脈、心原性ショックのため、被告病院に入院し、同年一一月二〇日、心臓カテーテル検査が行われた。その際、左冠動脈に解離が発生し、直ちに富山赤十字病院に転送された。同病院でも心臓カテーテル検査が行われたが、その後急性心筋梗塞となり、緊急冠血行再建手術が行われたものの、同年一一月二二日、同病院において死亡した(死亡当時七七歳)。

二  争点及び当事者の主張

1  被告病院が行った心臓カテーテル検査の適応の有無、及びカテーテルの選択あるいは操作について過失があったか否か。

(原告の主張)

亡花子の主治医であった被告病院の乙山太郎医師(以下「乙山医師」という。)は、不整脈原性右室異形成(ARVD、以下「ARVD」という。)を疑わせる諸検査結果が出ていた以上、ARVDと判断すべきか否かを種々の文献を検討して決すべき注意義務があったし、それは可能であった。にもかかわらず、これを怠り、心臓カテーテル検査を行った。

そして、被告病院医師は、右カテーテルの選択を誤り、あるいは、その技術の未熟さのため引き抜き造影ができず、操作を誤り、その先端部によって左冠動脈血管内膜を損傷させた。これにより、左回旋枝に解離を発生させ、冠動脈の閉塞を生じさせ、急性心筋梗塞及びショック状態に陥らせた。

(被告の反論)

亡花子の諸検査結果からは、虚血性心疾患(IHD)が疑われており、ARVDも検討されたが、確定診断をし、治療方針を決定するためには、その前提として心臓カテーテル検査が必要だった。

そして、被告病院医師らの行った右検査において、その選択及び操作に不適切だった点はない。引き抜き造影を試みたものの、亡花子の左冠動脈主幹部が短かったため、うまく前下行枝を造影できなかったもので、被告病院の技術の問題ではない。亡花子に生じた左回旋枝の解離は、予測できない冠動脈の脆弱性によるものである。

2  被告病院が富山赤十字病院に転送するに際し、必要な注意義務を怠ったか否か。

(原告の主張)

仮に富山赤十字病院における心臓カテーテル検査の際に生じた急性心筋梗塞が直接的死因としても、これについて、次のとおり被告病院医師には注意義務違反がある。

すなわち、乙山医師は、それまでの治療経過及び心臓カテーテル検査により解離が生じ、ARVDに罹患している可能性を把握していたのであるから、亡花子の心臓組織の脆弱性を認識し、または容易に認識し得た。したがって、再度右検査を行った場合の重大な危険性も知り、または知り得た。にもかかわらず、転送先の富山赤十字病院の医師との相談において、右危険性を告げず、また富山赤十字病院に対して明確に説明する資料を用意しておらず、漫然と富山赤十字病院に対して再度のカテーテル検査を実施させて解離を発生させてしまい、カテーテル検査を止め、あるいは右検査の不適合な事実を告知、助言する義務を怠った。また、大動脈内バルーンパンピングによる救命の機会を失わせた。

(被告の反論)

亡花子がARVDに罹患していたことや、左回旋枝が通常人より太いことも右検査前には予見できず、本件の左冠動脈の解離の発生は、それまでに行われた被告病院の検査結果等によっては、予見不可能であった。

富山赤十字病院に転送するに際し、搬送時には、亡花子の血行動態は安定し、急性心筋梗塞は発生していなかったため、その際、大動脈内バルーンパンピングは不必要と考えた。そして、乙山医師は、富山赤十字病院の医師らに、右検査のシネフィルム、紹介状等の資料を示し、冠動脈解離が発生していることを十分説明しており、転送後の処置は、富山赤十字病院の医師らの判断で行われており、被告病院医師は関与していない。

したがって、被告病院には、富山赤十字病院に転送するに際し、注意義務違反はなく、その他責任を問われる理由はない。

3  原告の損害

(一) 逸失利益 六〇七万七九七四円

亡花子は、死亡当時無職で、満七七歳であった。当時の女子労働者学歴計の賃金センサスは、二八四万二三〇〇円で、新ホフマン係数は3.546である。これから四〇パーセントの生活費を控除すれば、次のとおりとなる。

284万2300円×3.564×60パーセント=607万7974円

(二) 慰謝料 二〇〇〇万円

亡花子は、本件により精神的苦痛を受けたことは明らかであり、諸般の事情を考慮すれば、二〇〇〇万円が相当である。

(三) 原告の相続

亡花子の相続人は、夫である甲野太郎、子である長男原告、長女東山春子、二男甲野二郎であったが、甲野太郎は平成八年一月一五日死亡したため、長男、長女、二男が亡花子の損害を三分の一ずつ相続したことになり、これについて、平成九年七月二〇日に右三名の遺産分割協議により、原告が全て相続することになった。

(四) 弁護士費用 二〇〇万円

原告は、本件代理人らに訴訟を委任し、二〇〇万円を支払うことを約した。

(五) 右損害の合計は二八〇七万七九七四円となる。

第三  当裁判所の判断

一  甲五ないし一一(枝番号省略、以下同じ)、乙一ないし五、鑑定及び富山赤十字病院に対する調査嘱託の結果、鑑定人遠藤真弘尋問の結果並に弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  被告病院における治療経過

(一) 亡花子は三〇歳ころから不整脈を指摘されていたが、放置していた。

平成七年一〇月二八日、午前三時三〇分ころ、亡花子は、突然胸の痛みを感じ、トイレに行こうとしたところ、めまいにより転倒し、呼吸困難となり、同日午前四時一〇分ころ、救急車で被告病院に運ばれた。

乙山医師が主治医となり、亡花子を診断したところ、初診時は、脈拍一五〇、血圧は触診で七二mmHg、顔面蒼白で冷や汗が出ていた。心電図によれば、心拍数は一七〇で、上室性頻脈や心房細動、心室頻脈が疑われた。そこで、抹消静脈ルートを確保し、ワソラン注射用をゆっくり静脈内注射したところ、上室性頻脈は改善した。しかし、血圧は八〇mmHgで、かなり危険な状態が続いた。胸部レントゲンの結果、心胸比(CTR)が六八パーセントと、心臓は非常に拡大していた(正常人は、約五〇パーセント未満)。午前五時三〇分から尿が出始め、午前六時まで五〇〇ミリリットルと順調だった。しかし、血圧は、午前六時には一二〇mmHg、午前八時三〇分には八〇mmHgと不安定だった。午前一〇時四四分に洞調律となって血圧は上昇したが、心電図上不整脈が見られ、上室性期外収縮が疑われた。そのころ、過去のデータが到着したが、平成六年六月一八日付けの胸部レントゲンによれば、心胸比は六六パーセントだった。

同日午後一〇時、血圧は八〇mmHg台に下がったが、同月二九日、血圧は一三二/六〇mmHgとなり、症状は安定した。

同月三〇日、血圧は一〇〇/六〇mmHgで症状は安定していたが、心臓超音波を行ったところ、右室径は三〇mmと拡大し(正常は一四ないし二二mm)、心室中隔が一三mmと厚くなり(正常では、平均上限が一〇mm、最大上限が一二mm)、三尖弁の閉鎖不全症が認められた。

同月三一日、心プールシンチを実施したところ、右室の拡大が強く、右室壁の運動が低下し、左室駆出率が六五パーセントであるのに対し、右室駆出率が一四パーセントと著しく低下していた(正常値は五五パーセント以上)。そこで、乙山医師は、ARVD(右室心筋が局所的に脂肪変性、線維化する疾患)やエプスタイン奇形を考えたが、心電図上の頻脈は心室頻脈の方が考えやすかった。

同年一一月一日、洞調律でショックから回復し、脈拍は正常、血圧一二〇/八〇mmHgも安定し、食事を取ったが、異常はなかった。

同月二日、右室のみ心筋症でARVDを考え、心筋血流スペクト検査を行おうと考えた。その後良好な状態が続き、脈拍も正常で、特記すべき症状はなかった。しかし、乙山医師は、亡花子の症状名について、文献を調べ、必要な検査を行おうと考えた。

同月一〇日、心筋血流スペクト検査を行ったところ、左室側壁に血流の低下が認められ、その領域の線維化、高度の虚血が考えられ、左室の肥大が認められたため、乙山医師は虚血性心疾患(IHD、冠動脈の血液と心筋の酸素需要との不均衡に基づいた急性、慢性の心筋障害による心機能不全)を疑った。同月一三日、心筋脂肪酸スペクト検査を実施したところ、同月一〇日の検査結果と同じで、左室側壁から心尖部にかけて虚血性心疾患(IHD)あるいは古い心筋梗塞、線維化が疑われた。そこで、乙山医師は、両者の治療方法は異なるので、確定診断をするには心臓カテーテル検査が必要と考えた。

同月一五日、心室頻拍と右室運動障害から、ARVDを考えたが、心筋血流スペクト検査で左回旋枝領域の虚血を認めたため、右室機能障害と不整脈も虚血性心疾患(IHD)が原因かも知れないと考え、心臓カテーテル検査が必要と考え、その旨を家族に伝えた。同月一六日も、亡花子は良好な状態が続いた。

(二) 心臓カテーテル検査の経過

同月二〇日、午後一時、丙川次郎医師(以下「丙川医師」という。)が検査医、乙山医師が補助者となって、心臓カテーテル検査を実施した。まず、右大腿静脈からスワン・ガンツ・バルーンカテーテルを用いて、右房、右室、肺動脈、肺動脈楔入圧の測定、心拍出量の測定を行った。

次に、右肘動脈から、五F(五/三mm径)のシュナイダー社製、ソフトチップカテーテル、ジャドキンス型を用いて右冠動脈造影を実施した。次に左冠動脈造影を行ったところ、左回旋枝は良く造影されたが、左前下行枝は造影剤が十分流れず、造影所見をはっきり読みとることができなかったため、いったんカテーテルを抜き、再度挿入しようと試みたが、スムーズに入らなかった。そこで、同日午後一時五五分ころ、丁沢三郎医師(以下「丁沢医師」という。)に交代してカテーテルを左冠動脈口に挿入し、同日午後二時ころ、テストショットを行ったところ、回旋枝の起始部付近から三、四センチメートルの造影剤のたまりが認められ、消失していかないため、回旋枝の内膜剥離から動脈解離を起こしたものと判断し、直ちに検査を中止し、血圧の観察、心電図検査を行った。すると、左冠動脈造影開始時には一四〇/七四mmHgだったのが、脈拍五〇程度、血圧一〇四/五〇mmHg程度に低下し、亡花子も胸部のつらさを訴えたため、昇圧剤を使用したところ、血圧も一四〇/六〇mmHg程度となり、脈拍も五〇以上と安定した。そして、心電図上、ST低下という回旋枝領域の心筋梗塞様変化が認められたが、その変化も消失して従前に戻り、症状も安定した。右症状は、内膜剥離による解離に伴う心筋梗塞と考え、保存的療法では悪化が考えられるため、カテーテルによる治療ないしは外科手術が必要とされる可能性があることも考慮し、心臓外科のある富山赤十字病院に転送することとした。そして、その旨家族に説明し、富山赤十字病院の受入れを確認し、同日午後三時一五分、乙山医師と看護婦が同乗して、救急車で搬送した。搬送中、血圧は一三〇/七〇mmHg程度、脈拍は五〇台、血行動態は安定し、本人の意識は清明で、自覚症状もなかった。

2  富山赤十字病院における治療経過

同日午後三時四五分、富山赤十字病院に到着した。乙山医師は、戊田医師に対し、紹介状、心電図等の資料を示し、心筋血流スペクト検査により、左回旋枝領域と思われる部位に欠損を認め、また、心プールで左室駆出率が六五パーセント右室駆出率が一四パーセントと右室の運動障害を認め、同月二〇日に心臓カテーテル検査を行ったところ、その際左冠動脈解離が発生し、脈拍、血圧が低下したこと等を説明した。戊田医師は亡花子を診察し、同日午後四時に、被告病院のシネフィルム、乙山医師、丁沢医師らの意見を参考に、治療方法を選択するため、再度心臓カテーテル検査を行った。大動脈バルサルバ洞により造影すると、造影剤のプーリングはなかった。引き続き左冠動脈造影を行ったが、はっきり写らなかったため、さらにはっきり写すため、強い力で、造影剤も増量して行ったところ、左冠動脈の回旋枝が閉塞し、解離は主幹部にまで広範囲におよんだ。そして、胸痛が発生し、心電図のSTも変化が生じ、ショック状態となった。そこで、大動脈内バルーンパンピングを挿入したが、亡花子は心室頻拍と上室性頻拍を繰り返した。そこで、急性心筋梗塞に対する治療のために緊急冠血行再建手術が行われたが、状態は回復せず、同月二二日午前四時五〇分、死亡した。

二1  カテーテル検査の適応及び操作について

(一) カテーテル検査の適応について

(1) 前記認定、鑑定の結果、鑑定人遠藤真弘の尋問結果、弁論の全趣旨によれば、亡花子は、三〇歳ころから不整脈が出現したが放置していたこと、心胸比が六八パーセントと著しく拡大し、右室収縮率が一四パーセントと著しく低下していること、心電図によれば、平成七年一〇月二八日の入院時は心拍数一七〇であり、心室性頻発症が認められること、その後は右脚ブロックが認められること、同月三〇日と同年一一月六日の心電図には、ARVD特有のイプシロン波が存在すること(乙二、No.七七六六及びNo.八〇〇八の心電図検査)、右事実を総合すれば、亡花子は、三〇歳ころからARVDに罹患し、被告病院入院時にはARVDの末期状態であったと認めるのが相当である。

(2) ところで、医師は、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に基づき、類似する集団における平均的医師を基準として、適切な診療をすべき義務を負う。

これを本件についてみると、ARVDは専門書「心臓病学」においてもその解説がされているのは一五七九頁中わずか一頁の四分の一にすぎず(鑑定書添付の資料)、通常の循環器専門医には、右心電図からARVD特有のイプシロン波を読みとることは困難な、極めて稀な疾患であること、しかも、地方の市民病院における循環器専門医が経験することは稀であること、加えて、乙山医師は、亡花子の入院治療中、再三ARVDを疑っているものの、諸検査の結果からは、虚血性心疾患(IHD)も疑われる状況にあったことから、いずれかを判断するために、心臓カテーテル検査を行ったのはやむを得ないものと認められる。

したがって、同年一一月二〇日に行われた被告病院における心臓カテーテル検査の適応はあったものと認めるのが相当である。

(二) カテーテルの選択及びその操作について

(1)  カテーテル検査に使用したカテーテルの選択については、前記認定、乙四、鑑定及び鑑定人遠藤真弘の尋問結果によれば、冠状動脈の入口は直径約三ミリメートル以上あるところ、右カテーテルは1.7ミリメートルであり、非常にソフトチップカテーテルである以上、不適切であったとは認められない。

(2)  また、前記認定によれば、丙川医師の操作に特段不適切な点は認められないこと、丙川医師の操作がスムーズに行かなかったため、直ちに丁沢医師に交代したことは合理的であること、丁沢医師の操作ではスムーズに入ったものの、造影剤のたまりを認め、消失していなかったために検査を中止している点で慎重さが窺えること、加えて、両医師ともに循環器専門医の資格を有し、心臓カテーテル検査に関与した経験は一〇〇〇例を超え、主たる術者と勤めたものも四〇〇例を超えており、右検査について十分な経験があったことも考慮すれば、右操作についても不適切であったとは認めらず、その他、右認定を覆すに足りる証拠は認められない。

これに対し、鑑定書によれば、右操作には、造影剤を流しながらカテーテルを引く技術が見られないとする。

しかし、鑑定書及び鑑定人遠藤真弘の尋問結果によれば、亡花子の左冠動脈は、右冠動脈に比べて灌流域は大きく、左優位型であり、回旋枝の太さが約六ミリメートルと拡張していたこと、しかも主幹部は一、二ミリメートル程度と短かったこと(ショートLMT、通常は八ないし二五ミリメートル程度)から、通常人と比べてかなり異なった特徴を有していたこと、右特徴は右造影前には不明だったことが認められる。とすれば、被告主張のように、右検査の際、わずかの引き抜きでは動かず、少しの引き抜きでカテーテルが一気に左冠動脈から抜けてしまう状況にあったと考えられることから、右操作が不適切であったとは認められず、右鑑定意見は採用できない。

(三) 被告病院におけるカテーテル検査と亡花子の死亡との間の因果関係

前記認定によれば、亡花子は、被告病院入院当時、ARVDの末期状態にあり、心臓血管を含めた全ての組織が極めて脆弱化していたこと、被告病院におけるカテーテル検査の適応、カテーテルの選択及び操作に不適切な点は認められないことから、被告病院において亡花子に生じた左冠動脈の解離は、不可抗力であったと認めるのが相当である。そして、右解離の後、心電図は従前に戻っていること、低下した血圧も上昇したことから、ショック状態に陥ったとは認められず、急性心筋梗塞は発生しなかったと認められる。

そして、前記認定、鑑定及び鑑定人の尋問結果、弁論の全趣旨によれば、亡花子はARVDの末期状態であったにもかかわらず、富山赤十字病院において再度カテーテル検査が行われたため、急性心筋梗塞が発生し、その後行われた緊急冠血行再建術と相まって死亡したと認めるのが相当である。

したがって、被告病院におけるカテーテル検査と亡花子の死亡との間には因果関係は認められないとするのが相当である。

2  被告病院が富山赤十字病院に転送するに際し、必要な注意義務を怠ったと認められるか否か。

(一) 転送する場合、医師は、患者を転送先が受入れ診療行為をすることを確認し、患者を安全に搬送し、転送先において、速やかに治療を受けられるように配慮すべき注意義務を負う。

(二)  これを本件について見ると、前記認定、弁論の全趣旨によれば、乙山医師は、富山赤十字病院に受入れを確認し、救急車には、乙山医師の他、看護婦も同乗して搬送したこと、搬送時には血行動態も安定していた以上、大動脈内バルーンパンピングを行う必要はなかったこと、到着後は、戊田医師に対し、亡花子の治療経過等についてほぼ十分記載した紹介状、その他シネフィルム等の資料を示していることが認められ、転送後、いかなる治療方法等を選択するかは、通常転送先の病院に委ねられることや本件においては緊急性を要したことをも考慮すれば、被告病院としては、転送に際しての配慮すべき義務は尽くしたものと認めるのが相当である。

また、富山赤十字病院からの調査嘱託の回答によれば、同病院医師らは、被告病院医師から、ステントを入れて欲しいと要請されたとあるが、たとえそのような要請があったにしろ、転送後は、転送先の病院が治療方針を決定すべきである以上、そのことにより、右判断を左右されるものではない。

その他、被告病院について、右転送に際し、配慮すべき注意義務を怠ったと認めるに足りる証拠はない。

三  以上により、原告の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官・野本淑子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例